InfoQの編集者Chris Goldsburyと著名なアジャイルの実践者との対話をお届けする。方法論の世界の現在の状況と未来のトレンドや、それらの方法論の実世界への影響が話題になった。
InfoQ: Standish Group for 2011がプロジェクトの成功が5%改善している(時間や予算と意図していた機能の観点から)と報告しています。専門家の皆さんの観点から考えて、この結果は市場にアジャイルが普及したからだと思いますか。他の要因があるノでしょうか。ソフトウエア開発プロジェクトの遂行は改善しているのでしょうか。
Brad: プロジェクト全般に対する方法論に自覚的な顧客が増えたと思います。これが改善の要因ではないでしょうか。アジャイルは関係ないと思います。本当のアジャイルを実践している人と偽のアジャイルを実践している人を区別するのは難しいです。顧客と共に仕事をすると、部分的にある種の方法を取り入れるだけの場合が多いです。このような水で薄めたアジャイルが、アジャイルの導入に成功したという勘違いの原因になっています。
Peter: Bradに賛成です。プロジェクトの状態が改善しているのはアジャイルのせいではありません。私のように市場の動向を探っていれば、企業が不十分なアジャイルの導入をしている、あるいはより軽量なアジャイルを実施しているのがわかるでしょう。皆自分たちのカルチャーを変えていません。アジャイルするふりをしているだけで、それがアジャイルと呼ばれているのです。Standishのレポートを見ると、企業はアジャイルにはプロジェクト遂行に効果があると思うかもしれませんが、それは私たちの見ている現実とは違います。
Brad: Standishの報告の評価基準は欠陥があると思います。成熟したアジャイルチームは価値を最適化しようとします。Standishの評価基準であるスケジュールや予算に捕らわれる必要はありません。遅れていても、素晴らしい機能を提供できた場合は本当に失敗なのでしょうか。40%の達成率でも主要な価値を提供できていたら、成功とは言えないのでしょうか。Standishはこのような状況は評価できません。
Peter: ソフトウエア開発プロジェクトを評価する新しい基準が必要です。スコープや時間、予算やリスク、課題だけではなく、価値全体を評価する必要があります。Standishはこのような価値全体を評価できていません。
David: Standishは最初から欠陥があると思います。プロジェクト開始時点でソリューションが分かっていると仮定しているのです。しかし、実際はプロジェクト開始時点ではどのようなソリューションが有効なのか分かっていません。ソフトウエア開発では型にはまった手法は使えません。しかし、Standishは当初の計画がプロジェクトが進捗するにつれ調整されるということを想定していないのです。
InfoQ: アジャイルやリーンなどの方法論にはたくさんの誇張があります。このような誇張は皆さんのビジネスにはどのような影響を与えていますか。
Peter: アジャイルやリーン、カンバンにはたくさんの誇張があります。しかし、誇張は悪いものではありません。これらの方法論について活発に議論されればされるほど、これらの方法論は成熟します。誇張が非現実的な期待を生み出す場合もあります。時給40ドルでアジャイルコーチの仕事をするとたくさんの要求をもらいます。でもこの時給でプロジェクトのやり方をアジャイル方式に変えるためのエージェントを雇うことはできません。
Brad: Peterの考えに反対ではありません。誇張は良い所もあります。しかし、問題もあります。かつては幹部に対してバイアスのかかっていないアジャイルを説明することができました。しかし、今は真のアジャイルとは何かを時間をかけて教示しなければなりません。誤解を解きほぐすためです。驚くべきことに今はCSM(スクラム認定マスタ)の資格を6ヶ月前に取得した人が安アジャイルコーチをしています。これは経験豊かなコーチ達が作ってきたアジャイルの価値を毀損するだけです。
David: スタートアップの視点から考えてみたいと思います。誇張はここにも広がり始めています。アジャイルやリーンスタートアップについて書かれたものはたくさんありますが、実践例は少ないです。アジャイルやリーンに対して熱心ではあるのですが、スタートアップが実践するには助けが必要です。誇張の中から価値を得るためのガイド役が必要なのです。アジャイル、リーンスタートアップは労力を費やすだけの価値はあります。企業を構築するための科学的な方法です。誇張が落ち着けば、人々は価値を見いだし始め、企業への導入も進むでしょう。現時点でも様々なマーケティングが行われているはずです。
InfoQ: どの方法論が最も上手くいきますか。
David: 私は方法論を混ぜ合わせて合理的に使うことが多いです。ひとつ選ぶとしたらXPですね。
Brad: 私たちは第一にソリューションエンジニアです。方法論は二の次です。まず注力するのは結果をはっきりとさせることです。顧客がスクラムとXPを合わせて使うことを制限しないなら、そうするでしょう。しかし、私は普通はスクラムを使います。素晴らしい開発チームがいれば、どのように組織的に仕事をするのかはあまり気にする必要はありません。どんなことがあろうと組織的に仕事ができると思います。GearStreamではスクラムを使います。XPを使うこともありますが、いずれにしろ、顧客の必要性に合わせて変更を加えています。
Peter: XPは私の仕事の基礎です。スクラムはとても簡単に理解できますし、3つの役割しか持っていません。しかし、プロダクトオーナの役割には様々な議論がつきまとっています。私は、顧客や顧客のアジャイル成熟度に合わせて方法論を組み合わせて使っています。必要なのは顧客の環境を調査して、ベストな方法を使うことです。私は顧客にとって何かベストなのかを探り、顧客に合わせた方法論を適用します。優れたアジャイルコーチはありとあらゆる側面を考慮します。こうしたやり方が普通の“仕事の仕方”になって、アジャイルやカンバンなどという方法論の呼び名はなくなってしまえばいいと思います。
InfoQ: 方法論は消えてなくなりつつあるので、開発者はより技術に注力すべきだと思いますか。将来はどうでしょうか。
Brad: 方法論はなくならないでしょう。これからも様々な方法論が現れると思います。これは良いことです。ソフトウエア開発の新しい方法に出会えると思います。
David: 継続的デリバリを実現する方向に向かっています。現段階ではまだ表面を引っ掻いた程度ですが、この流れをとどめることは出来ません。私たちはより素早く価値を提供する必要があります。この動きがツールにどのように作用するかはわかりませんが、スタートアップ界隈のトレンドははっきりしています。
Peter: お二人に賛成です。より素早く多くの開発をこなさなければなりつつあります。常に先手を打たなければなりません。顧客はこのような素早い対応を期待しています。
Brad: このテーマに少し付け加えたいと思います。継続的デリバリの実現に向かっているのはその通りだと思いますが、素早くビルドすることは、正しい物をビルドする時に限り価値があります。より強力な製品管理サービスと人間中心の設計が次の大きなステージです。ほとんどの企業が製品の価値の管理を上手に行っていません。
InfoQ: ソーシャルメディア系のスタートアップが爆発的に増えているのは、皆さんの仕事にどのような影響を与えていますか。アジャイルへの興味が高まっているのはこの爆発的増加が原因なのでしょうか。それとも全く別の現象ですか。
Brad: ソーシャルメディアはアジャイルとは関係ありません。むしろ、人材や顧客の獲得に関連しています。私たちおソーシャルメディアを使って顧客と繋がりを持っています。
Peter: 私のような独立しているアジャイルコーチにとってソーシャルメディアはとても重要です。例えば、私はAgile Scoutでユニークな位置にいます。ソーシャルメディアを使ってビジネスを開拓しています。
David: 私はPeterのソーシャルメディア戦略を支持します。ソーシャルメディアは時間を超えて関係を維持するのに好都合です。私はカンファレンスで私がブログに書いたことを実践している人がいることを知りました。ソーシャルメディアは私のアイディアを使ってくれた人の話を聞くのに便利です。そして私は自分のアイディアを産業や状況を超えて使えるようにするにはどのように修正したらいいか考えることができるのです。
InfoQ: ソフトウエア開発のプロセスを改善しようとしている人にアドバイスをお願いします。
Brad: まず、頭の中にある成果をスタート地点にすることです。しかし、成果とはソフトウエア開発に関することではありません。ソフトウエア開発を独立した、企業とは離れた位置にあるものと考え、ソフトウエア開発についてたっぷりと対話をする必要があります。これは、経営の一部なのです。リーダーシップは下記の2つのビジョンを念頭に置かなければなりません。
- ソフトウエア開発プロセスの改善方法を明確にすることはビジネス戦略に利益をもたらします。
- ビジネスリーダーを巻き込み、この点について、他の仕事と同様に責任を持ってもらいます。他の仕事とは分かれていないのです。
Peter: 自ら改善を行うことです。共に改善を行ってくれるコンサルタントやコーチがいないのなら、改善の責任はあなたにあるということです。技術力を研磨し続け、他の人から学ばなければなりません。私たちはコーチやコンサルタントとして問題を解決します。それが私たちが提供する価値です。
David: アジャイルから何を得たいのか。目標はなにか。私はこの点を顧客に問いたいと思います。アジャイルについては話したくありせん。アジャイルの役に立つ点や顧客が解決しようとしている問題について話をしたいです。ここから始めることで何があなたのスタートアップに必要かがわかるのです。
話し手について
David J. Bland – IT業界での10年を超える経験を持つDavidはWashington DC近郊のいくつかの企業でアジャイルソフトウエア開発の導入を成功させました。1999年に初めてスタートアップに参画し、2006年に1300万ドルで買収されるまで育てました。それからDavidは開発チームを支援し、Eコマースや反テロリズム関連まで幅広い製品の素早く継続的な提供を実現してきました。Davidはアジャイルの理論と実際のバランスを見いだすことを目標にしつつ、リーンスタートアップやビジネスモデル作成や顧客開発という領域へも活躍の場を広げています。
Brad Murphy – Gear StreamのCEOとして、Bradは同社の戦略や計画、成長を監督しています。顧客企業がリーンやアジャイルやエンタープライズ2.0コラボレーションを利用するように変わる方法を転換することに注力するのがBradが考えるGear Streamのビジョンです。Bradのビジョンには企業のプロジェクトの統治にリーンや継続的な開発方式を導入することも含まれています。また、アジャイルコミュニティが視野を狭めて開発のみに着目する一方、Bradはアジャイル開発チームを協調的でリスクとコンプライアンス、プロジェクトマネジメント、アウトソースパートナー、財務など様々な利害関係者が関わるワークフローの中に位置づけるためのフレームワークを考えています。
Bradsは27年間でふたつのスタートアップを成功させています。ひとつはソフトウエアISVであり、もうひとつはEコマースアウトソースのリーディングカンパニーであるdigitaESPです。同社は2002年にValtechに買収されています。最近では、Valtech U.S.のCEOとして働き、同社が最も成功したアジャイルの助言コンサルティング企業になる手助けをしました。
Peter Saddington – 独立アジャイルコーチで、Agile Scoutのオーナー。Peter SaddingtonはリーンインキュベータであるThinqubeの独立エンンタープライズアジャイルとランスフォーメションコーチです。14年を超えるアジャイルソフトウエア開発の経歴を持ち、以前はソフトウエア開発者として国防総省や米国空軍、アメリカ疾病対策センター、Johnson and Johnson、Primedia、Consumer Source、Blue Cross Blue Shield、T-Mobileなど様々な民間企業やその開発チームが俊敏さを手に入れる手助けをしてきました。また、ライターとして、アジャイルソフトウエア開発のガイドであるスクラムポケットガイドを書き、人気のウェブサイトAgileScout (www.agilescout.com)の編集者でもあります。このサイトのニュースブログは一日で世界中から数千のアクセスがあります。