かんばん方式は作業管理に使用されることが多いが,概念としては,組織改革の旅の道先案内として使うこともできる。今回紹介するのは,かんばん方式を利用した改革によって,可視性と予測可能性の改善と人々の積極的参加を成し遂げた,ある保険会社のケーススタディである。
Cliff HazellとAmjid Aliの両氏は,ハンブルグで開催されたLean Kanban Central Europe Conferenceの中で,“Introducing Kanban as an Instrument for Change”というテーマの講演を行った。両氏はそこで,南アフリカ最大の保険会社Momentum内のある部門において,環境とワークフローの改善を目指した,1年間の活動の軌跡を紹介した。
Amjidはその時の状況が,ステークホルダとチームの双方にとって,どれほど不満なものであったかを説明した。ステークホルダが,時間が掛かり過ぎているのに目的が実現していない,と感じていた一方で,チームは頻繁に起こる優先順位の変更に不満を持ち,リリースを苦痛に思っていた。
同社には,今回の改革によって改善したいことが3つあった。
- 可視性
- 予測可能性
- メンバの参加
改革を始めるにあたって氏らは,チームへの参加を希望するボランティアを募ることにした。応募した人たちには,なぜ参加したいのかを尋ね,何を期待しているのかをチェックした。彼らは変革の成功を支援するために,参加を切望していたのだ。
PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)の人たちと話したとき,PMOが,同社が直面している問題の主な原因を,その能力不足にあると考えていることが分かった。そのような認識の下で,PMOは,プロジェクトのメンバを頻繁に移動していたのだ。彼らは進行中の仕事(WIP)数の制限について話し合ったが,その時点でPMOが行っていた事とあまりに違っていたため,当初は理解を得られなかった。しかしながら,さらに議論を重ねた結果,PMOも組織のボトルネックを理解し始めて,仕事の構造を変えることにオープンになった。
チームはまず,現在の作業の可視化に着手した。当初そのチームには,プロジェクトリーダの使う小さなボードしかなかったので,チーム全体の作業進捗を可視化して管理できるように,自分たちのかんばんボードを用意することにした。これによってボトルネックが明確になり,ステークホルダと議論することが可能になった。
変革の対象には,IT部門の再編成も含まれていた。この部門は機能別に構成されていたため,クロスファンクショナルなチームに変更する必要があった。そのために,部の全員が参加する会議が設定され,すべての人々によって新しい組織構造の設計と,役割への名称の割り当てが行われた。人は自分自身で意思決定を行うときに,はるかに強い帰属意識や参加意識を持つものだ。段階的で小さな変化が望ましいとしても,時には大きな変革も必要なのだ,とCliffは言う。
さまざまな方法で変革を視覚的にサポートするために,内部的な変革の仕組みも用意した。一例としてCliffが挙げたのは,質問投稿用のボードに関することだ。氏はそれらの質問に対して,可能であれば同日中に返答するようにしていた。氏では分からない質問があれば,それを知っている誰かを見付けて,必ず返答を行うようにした。
コーチとして変革をサポートするために氏らは,多数のストーリを説明し,実例を紹介した。質問に対しては,異なった複数の提案をして,その中から本人が選ぶようにしていた。取り掛かりやすいようにひとつだけのソリューションを与えることも可能ではあるが,それを行う本当の理由を理解することなく実行するようなレシピになることを避けたかったのだ。
CIP(実施中の変革)には制限が必要だ,一度にひとつのことだけを行うようにするべきだ,とCliffは言う。2つのことを行うと,ほぼ確実に相互作用が発生するため,その相互作用において2つを管理しなければならなくなる。コーチの作業量を100%にするのは望ましくない,とも氏は言う。コーチにも他の作業時間は必要なので,彼らがオーバーロードになるのを回避する必要があるのだ。
彼らが達成した変革の結果として,チームの成果量と柔軟性は,ステークホルダたちが驚くほどのものになった。スタッフを追加する代わりに,今なにをすべきか,何は後回しにしてもよいかを議論するようになったのだ。
Amjidは,同社の社員が経験した変革について自ら語る “The Momentum Way of Work” というビデオを見せてくれた。チームのメンバは,これまでよりもはるかに,自分たちの仕事を楽しんでいる。より主体的に行動できている,と感じられるからだ。チームの雰囲気も目に見えて改善された。
Cliffは,彼らがかんばん主体の変革アプローチで一番学んだことについて,我々に話してくれた。
- 自分自身による問題解決を支援すること。助けを与えようとしてはならない。コンサルタントとして遺産を残したいのであれば,あなたが立ち去った後も,人々が旅を続けられるようにしておくことが必要だ。
- 革命ではなく,進化である。 1日ですべてを修正することはできない。ミスに対処する方法,解決できずに現在残っている問題と共存する方法を学ぶ必要がある。
- 人々を旅に連れ立つこと。 変革はその人々のものであり,我々が肩代わりすることはできない。時間と空間を与えて,彼らが働き,学べるようにすることだ。
両氏は,変革を成功させるにはお互いを知り,楽しみを持つことが重要だと述べて,彼らの講演を結論付けている。氏らは聴衆に時折,近くの席にいる人たちの何人と顔見知りかを尋ね,彼らの大部分がお互いに話をしたこともないことを確認したりした。その上で氏らは聴衆に対して,会話をし,チームメンバと個人的な経験を共有し,笑い合うことで,お互いをもっとよく知ることを推奨した。