変革のイニシアティブの大部分が失敗に終わるのは,人々がそれを自分たちには関係のないものだと思うからであり,その変革に影響を与えられる方法や,それによって変革をよりよいものにできることを理解していないからだ - 起業家でデザイナであり,著作者でもあるDave Gray氏はこう語る。リミナルシンキング(Liminal Thinking)とは,人々の信念の形成や変化の方法を理解することに着目した変革のアプローチであり,変革に影響するしきい(閾)値の設定と,それを利用するためのスキルセットを提供するものだ。
Gray氏はNo Pants Festival 2015で,リミナルシンキングに関するワークショップを行う予定だ。カンファレンスは3月9日と10日,ベルギーのアントワープで開催され,リモートワークや分散型アジャイルチームでの作業に関するワークショップと講演会が行われる。
リモートワークに移行することによって多くの才能ある人たちが,居住場所に関係なく,最高の成果を上げられるようになります。No Pants Festivalでは,今日にでもリモートワークへの移行を可能にするような,根本的なアイデアと実行可能なプラクティスを取り上げます。
InfoQでも(ライブ)ニュースやQ&A,論説などで,No Pants Festival 2015について報告を予定している。
InfoQはDave Gray氏から,なぜ変革のイニシアティブが失敗に終わるのか,リミナルシンキングが組織変革や人々の心情の獲得にどのように取り組み,継続的プロセスとしての変革をどのようにサポートするのかを聞いた。
InfoQ: “変革のイニシアティブの大部分は目標達成できずに終わる”ということですが,失敗の主な原因は何だと思われますか?
Gray: 変革のイニシアティブは,組織全体として合理的なビジネスケースと論理的根拠に基づきます。必ずしも組織内のすべての観点において,都合のよいものであるとは限りません。変革を強制された場合,自分たちが発言権を持たない場合,そして特に,自分たちの観点から理に適うものでなく,それに対して影響する術を持たないような場合,人々は変革に抵抗する傾向があります。
変革が支持されるためには,それによって事態が改善される,日々の業務が楽になる,あるいは何らかの形で有益なものであるということを,皆が確信できる必要があります。ですが指導する側は,これらすべての観点を考慮していなかったり,あるいは彼らの懸念が十分に理解されていないように感じさせる方法でコミュニケーションを取ることが少なくないのです。
InfoQ: リミナルシンキングについて説明して頂けますか?変革に対して,どのようなアプローチをするのでしょう?
Gray: リミナルとは,ラテン語でしきい値(threshold)の意味です。
しきい値とは,その名のとおり戸口のことです。また,しきい値は境界点でもあります。ひとつの状態から別の状態へと移行する最初のステージであり,変革のカスプ点上の位置なのです。“私たちは今,新たな始まりへの境界点(threshold)にいます”,というようにですね。
リミナルシンキングは発見と創造の技術です。しきい値を利用して,変革を起こすための技術であり,個々の相互作用よりもシステムを念頭に置いて,それぞれの状況にアプローチする方法です。私たちが暮らし,働いている社会システムに適用可能なマインドフルな状態の一種が,リミナルシンキングなのです。
リミナルシンキングとは,信念がどのように構築され,どのように変更可能かを理解することです。信念の本質 - どのように形成され強化されるのか,信念を変えさせるために必要なものは何か - を理解することを学ぶことで,大くのリーダよりも,より深く高い実効性レベルで動くことができるようになります。
InfoQ: 変革を実践する上で,リミナルシンキングをどのように活用したのか,例を挙げて頂けますか?
Gray: 営業チームと技術チームに衝突の発生していた,ある企業の例をひとつ紹介しましょう。営業チームは目標数値を達成できず,社内の他部署からの圧力を感じていました。一方の技術チーム側では,プロジェクトの販売方法が原因となって,十分なエンジニアリングができないと思っていました。
このような状況は後々,顧客満足度の低下と売上減という悪循環に繋がります。営業が圧力を受ければ受けるほど,彼らは自分たちのセールス目標を達成するために,提供の難しいプロジェクトを受注するようになるでしょう。そして,受注するプロジェクトが難しいものであればあるほど,技術チームがユーザを満足させるのは困難になるのです。
この悪循環を立ち切るには,信念のレベルでチームを運営することが必要です。Salesforceでは,成功するために,そしてSalesforceが変わるために何をなすべきかについての信念を変える必要がありました。エンジニアたちは,営業に対する自らの考えを変えなくてはならなかったのです。
リミナルシンキングを通じて,営業担当者とエンジニアともに,悪循環を作り出していた基本的な組織やシステムのダイナミクスを理解し始めました。これが信念の変化につながり,結果としてより強い協力関係が生まれて,最終的に悪循環を断つことができたのです。彼らはエンジニアが,営業プロセスにおいて,もっと大きな役割を果たせることに気付きました。信念を変えることができなければ,技術チームはこのような作業を不必要な余分なものと見なしていたでしょうし,営業チームの方では不必要な干渉だと思っていたことでしょう。
InfoQ: あたなが講演したリミナルシンキングのアプローチは,多くの人たちの心を捉えました。ですが,変革をしたくない,信念を変えたくないと思っている人たちについては,どうなるのでしょうか?どのように対処することができますか?
Gray: これはリーダを含めた,ほとんどの人たちのデフォルト設定です。人は知らないことよりも,知っていることを好むものですから。
リミナルシンキングの原則のひとつに,人の気持ちを変えるだけではなく,あなた自身の信念を試し,理解することによって,信念を変える柔軟性を持つ,というものがあります。リーダが彼らのことばに耳を傾け,彼らの考えに柔軟であることが分かれば,彼ら自身の信念を広く理解することも簡単にできるようになります。
もし人々が変化を望まず,信念を変えたくないと思っているのであれば,まずはあなた自身の信念を試すことから始めてください。多くの人たちが違う考えを持っている中で,それでもなぜ変革が必要だと考えているのかを,自分自身に問うのです。
InfoQ: 変革は,今日では,継続的なプロセスのひとつと考えられています。変化が留まることはありません。組織も人も,新たな状況に対する継続的な適応を迫られています。このような状況に対して,リミナルシンキングは,それを支援することができるのでしょう?
Gray: リミナルシンキングは,始まりと終わりを持ったプロセスではありません。時間を掛けて開発し,向上させていくスキルセットなのです。リーダシップが止まらないように,変化も止まりません。あなたの言うように,常に行われるものなのです。リミナルシンキングはリスニングに似ています。一度実行しただけで,終わりと言うことはできません。常に行わなければならないのです。やればやるほど,より良い成果が得られます。
リミナルシンキングが,21世紀において最も重要なリーダシップスキルのひとつであると言えるのは,こうした理由からです。あなたが工場を管理しているのであれば,組み立てラインに沿って歩けば,誰が仕事をしていて誰がしていないのかが一目瞭然です。ですが,現代の職場は非常に複雑に結び付き合い,仮想化されています。管理者がオフイス内を歩き回って仕事が完了したか確認する,そんな単純なものではありません。
デジタルネットワークの現代において効果的なリーダになるためには,人々を鼓舞し,やる気を起こされるものでなくてはなりません。それを行うにはまず彼らを理解し,彼らが何を重要だと思っているのか,それはなぜか,といった疑問を理解する必要があります。リミナルシンキングは,まさにそのためのものなのです。