Agile 2016カンファレンスで行われた今年のPanel Discussionセッションでは,アジャイルの動向と今後の方向性をテーマとして,人工知能と機械学習のソフトウェア産業への影響,AIシステムの安全と倫理,アジャイルマニフェスト更新の賛否,アジャイル採用に対するツールの影響などが議論された。
パネルにはTom Grant, Ray Arell, Steve Denning, Rebecca Parsonsの各氏が登壇し,Jim Newkirk氏が司会を務めた。
最初の質問は,ディープラーニングと人工知能のアジャイル活動への影響に関するものだった。
パネルでは,ディープラーニングのアルゴリズムがすでに多くの業界で,いかに多方面にわたって活用されているかが話し合われた – 例えばSpotifyのDiscover Weekly機能は,加入者の好みを学習して,リスナが“驚くほど適確に”新しい音楽を提案することができる。これはソフトウェアの必要性を低減するのではなく,まったく別のアプローチであり,さらなる開発を必要とする可能性もある。ただしプログラミングの方法は大きく変化するかも知れない – コード行を書く代わりに,AIのティーチングがより多く行われるようになるだろう。人間のインタラクション面を正しく把握する,という現在の課題は変わらず残り,そのために必要なスキルも今日と変わることはない。しかしその実現方法は,我々がまだ知らない方法に変化していくだろう。
今後の複雑化する環境において問題となるのは,ディープラーニングアルゴリズムのテストだろう – 例えば薬品を開発する場合,結果が正確で公平かつ安全であることを確信するにはどうすればよいのか?このためには,まったく新しいロジックパス調査やテストアプローチの方法が必要になるだろう。今からそれを考え始めなくてはならない。
次の質問はAIシステムの安全と倫理に注目するもので,先日のTeslaの事故が例として取り上げられた。マシンラーニングシステムの成功基準とは何か?2014年,米国では32,675人のドライバが死亡しているにも関わらず,AIに起因するただ1件の死亡事故に対する反応は,テクノロジに対する大きな反感を引き起こしているように思われる。完璧さが本当に必要なのだろうか?
パネルではTeslaの開発アプローチとBoeingの飛行制御システムの比較が行なわれた。FAAの規制環境下では,プログラマ,マネージャ,QA担当者は,徹底的な品質保証と品質管理を行なう厳格な標準の下でソフトウェアが開発されたことを,署名入りで証明するように要求される。このような厳格性を,ソフトウェアアルゴリズムが障害ないし死亡事故を起こす可能性のある他の領域にも適用することが必要だ。この問題は技術よりも社会的側面がはるかに大きく,このようなタイプの技術を理解するための社会教育が必要である。
次の質問はアジャイルマニフェストに関するものだ – マニフェストが書かれてから15年が経った今,新たなものに変更する必要はないのだろうか?
マニフェストは歴史的文書である – それが書かれた時点では正しかった。マニフェストの背景にある感情や思想は,今日も2001年と同じように意味のあるものだ。ソフトウェアを中心としたことは,当時は適切だったが,ソフトウェア以外でアジャイルアプローチが使われるようになった今日では事情が違う。ただしそれは,マニフェストを書き直すべきだという意味ではない。マニフェストについて議論するとき,その考え方が今日では何を意味するかという観点で議論されるべきだ,とする主張には合理性がある - 重要なのは,価値と原則を用いてマニフェストがアジャイルに対して持つ意味を導き出すと同時に,それぞれの言葉を人々の働く状況に適用できるものにする,ということだ。マニフェストは変えるべきではないが,それぞれが状況に応じた表現を作り出して,本来のマニフェストの持つ価値と原則に共感を持つことに何ら不都合はない。狂信や偏見ではなく,アジャイルのアプローチを継続的に学ぶことが望まれる。“アジャイル”の意味は,コミュニティによって再解釈され続けている。それは文書ではなくダイナミズムであり,マニフェストに具体化された思想に触発された働き方を取り入れることなのだ。
問題となるのは,マニフェストの思想や価値,原則を理解せずに,アジャイルプラクティスとテクニックが採用されている場合だ。このような方法には問題が多い。儀式やプラクティスに従うことは可能でも,価値や原則という基盤を持たず,アジャイルの思想を欠いているからだ。そのようなチームや組織では,価値や原則に基づいた場合に可能になるような人間主体の考え方や,継続的な組織文化の向上を達成することはできない。
アジャイルの採用状況は,チームのコラボレーションやエンゲージメント,信頼,提供する価値といった評価の難しい側面を避けて,チームが従っているプラクティスやプロセスで判断されることが少なくない。
ツールやプロセスの販売というビジネス的圧力,定義済みのフレームワークやルールブックのレシピ化された採用は,アジャイル活動に対する評価や価値を損なうことになる。ツールやプロセスの呪縛を離れて,個人とコミュニケーション,人々と持続可能性を中心としたチームとチームワークに重点を戻さない限りアジャイルは,高尚な目標を掲げながらも最後には官僚主義の怪物と化した20世紀のマネジメント運動の後を追って,影響力に乏しいプロセス改善アプローチのひとつとして歴史の中に埋もれていく運命にある。
最後の質問は,業務においてアジャイルの採用を拒む最大の障害は何か?というものだ。
- 組織の幹部や他の部署に対して,アジャイルの価値が十分に伝えられていない。彼らが我々の言葉を学ぶことを期待するのではなく,彼らの言葉(金融,マーケティング,人事)で話すことが必要だ。
- 組織設計のアイデアを取り入れる,価値観の共有によって組織を構成する,より広い組織の言葉を用いる,アジャイルを中心とした新たなマインドセットを構築する – ITの価値観だけではなく,ビジネスの他の領域の価値観を持つことが必要だ。
- 戦略的アライメントの欠如 – アジャイル採用の目的が,ビジネスの言葉で明確化されていない場合が少なくない。ITのアプローチやプロセスを採用することではなく,顧客満足度の向上や市場投入時間の改善,開発コスト削減といった測定可能な成果の達成こそが,企業においては重要なのだ。これらを明確に表現する必要がある。
- 導入以前には何も問題がなかったという考えから,アジャイルプロジェクトが曖昧さを許容することを快く思わない個人。開発は単純で予測可能であって,よい計画さえ立てればよい結果を得ることができる,という作り話。そのような世界は1960年代ならばともかく,その後は存在していない。それにも関わらず,予測可能性という信念は今でも続いている。このような期待は改める必要がある。
- 成功とは,顧客と社員の関わりを通じた価値の創造ではなく,組織から価値を引きt出してステークホルダに戻すことだ,という認識。自身の重点を移すことのできる組織こそが,顧客の喜びと社員の関与の副次的な成果として,ステークホルダにより高い価値を還元することができるのだ。
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