組織が新たな働き方を採用するとき、組織的負債(organizational debt)の積み上がることがある。LeanDogのエンタープライズアジャイルコーチであるJess Long氏は、アジャイルなマインドセットが組織的な障害を取り除き、継続的改善を促進する原動力になり得る、と言う。氏はACE Conference 2019で、組織のリファクタリングによって組織的負債を削減する方法について講演した。
組織的負債は、古いプロセスやサービスを廃止することなく、新たなプロセスや行動を採用する時にもたらされる。複数の事業分野にまたがって新たな働き方を導入する時には、ほとんど間違いなく組織的負債を持つことになる、と古くから言われている。"技術的負債(technical debt)と同じで、管理しなければ悪でしかありません"、とLong氏は言う。"何の対策も考えずに、機能不全な古いプロセスをただ貯め続ければ、有害なものになる可能性があります。"
アジャイルの中心的価値と原則を採用して、あらゆるアプローチや行動の基盤になるまでに達すれば、状況を変えることが可能になる、とLong氏は言う。アジャイルマインドセットは、変革を体感し、推進する人々同士のコラボレーションによって生まれるものだ。組織全体のエンゲージメントを拡大し、フィードバックを求めることによって、我々の望む成果について対話し、さまざまなアプローチを試して、これらの障害を集合的に取り除くことができる、と氏は言う。
続いてLong氏は、全体的な構造の改善を目的として、小さな変更を通じてコードをリファクタリングする手法について言及した。技術的債務の残高をすべて一度に解決できることはほとんどない、と氏は言う。"海を沸騰させることはできない"というに等しいこの事実は、組織的負債にも転化される。問題領域全体を考えた時、それはあまりも膨大であり、我々に敗北感と絶望感を抱かせるだけなのだ。
しかしながら、協力して小さな部分に焦点を合わせることで、継続的に改善し、平常心を保つことが可能になる、と氏は言う。
ACE Conference 2019での講演を終えたJess Long氏に話を聞いた。
InfoQ:変革を進める上で、どのようなテクニックを使用していますか?それをどのように適用するのでしょうか?
Jess Long: 私はいつも、人を引き付けることを意図したテクニックを試すようにしています。個人的には、コールセンターを通じて現場回り(gemba walk)を行い、その結果を他の人に伝えるのです。同僚を誘うことも多いですね。次にそのエリア内で、チーム全体の現場回りをスケジュールします。同行した人に、借り物競争(scavenger hunt)タイプの課題を渡すこともあります。招待とデモンストレーション、あるいはこの2つを組み合わせて、刺激を与えることが目的です。プラクティスが発展したり、他の人たちが自身で実験を行うように促すことができれば、よい方向に進めるのです。
数年前、何人かの同僚が、組織内に用意されていた学習スイートが時代遅れで規範的、かつ制限の多いものだとして、拒否する態度を示したことがありました。それは偶然にも、経営陣が専門能力を向上する必要性を強調していた時に起きたのです。
私たちは、私たち自身のスキルセットと知識を活用して、学習セッションを提供することにしました。この取り組みは、教える意思を持った人たちによって進められ、学びたいと望む人たちに提供されました。共有する場所の壁に極めて初歩的なカレンダを掲げて、これらのセッションのプロモーションを始めたのです。そのカレンダは最終的に、オンラインの共有サイトに移行されました。
最初は表示専用のツールでしたが、すぐにインタラクティブなものになりました。特定のトピックをリクエストする方法や、ファシリテータとしてボランティアをする方法も確立しました。エンゲージメントの増加と活発なコラボレーションによって、組織の変革が可能になっただけでなく、さらに多くの実験を継続的に実施したり、私たちの望んだ変革へと、私たちを向かわせるものになったのです。
InfoQ:講演では"組織のリファクタリング"という用語を使っていましたが、それがどのようなものなのか、例を示してもらえますか?
Jess Long: 数年前、ポルトガルでカンファレンスに参加する機会があったのですが、そこで経験したことで、私自身がいつも考えたり、再利用しているものがあります。そのカンファレンスの主催者は、フィードバック用のWIPボードを用意して、参加者にスティッキーカードで提案するように促していました。提案には"メニューからビーガン(vegan、菜食主義)オプションが呼び出せない"というものから、"デザイン思考に関するセッションがもっとあればいい"というものまで、さまざまなトピックが含まれていました。
主催者は定期的にコメントをレビューして、十分に考案されたこの情報拡散機の適切なスイムレーンにカードを移動していました。そこには現在対処中のもの、次回検討するもの、解決済のものなどがありました。
私がいいな、と思ったのは、カンファレンスの2日目の出来事についてです。唐突に、主催者がカードを引っ張り出したのです。それだけではありません。カンファレンスの出席者たちが次々と集まってきました。彼らもカードを引いて、ソリューションの提案を始めたのです。参加者たちは自分のメモをカードに添付して、ボード上で移動させていました。オープンスペースでの議題にトピックとして追加されたことを示すコメントや、食事のニーズに対応したレストランでのハッピーアワーに招待するコメントもありました。
すべてがオープンになったので、全員がそれをチェックしたり、対応することができるようになりました。仕事を割り当てられたり、雑用を処理する人はいません。変革の推進者たちは、自ら進んで活動に参加していました。
私は同じことを、いくつものワークスペースで試しましたが、同じ効果がありました。最初に問題の所在を認めなければ、問題を修正することなどできません。透明性と可視性は、変革を招く最初のステップなのです。少しずつ変化を積み重ねることで、環境が継続的に改善されていることが分かるようになります。