企業はメンタルヘルス不調(mental ill-health)により、多大な損害を被っている。ハイテク産業の移り変わりのペースと製品提供のプレッシャは、それに追いつこうと苦闘するスタッフにストレスを加え続ける。プレッシャやパフォーマンスに対するスィートスポットは人それぞれであり、時間とともにも変化する。ひとりひとりのスィートスポットを知るには、言葉を交わし、仕事の状況を知ることが必要だ。
Michelle O'Sullivan氏はQCon London 2020で、ハイテク産業における心の健康(mental wellbeing)について講演した。
不調の現れ方は、人それぞれで異なる。過剰な判断は避けるべきだ、とO'Sullivan氏は言う。"不調が疑われるのであれば、本人に聞くことです。"
メンタルヘルスに関わる偏見に対処するには、ストーリーテリング(storytelling)が有効なツールになる。O'Sullivan氏が推奨するのは、同じ経験を持つ上司が彼らの話を聞くことだ。精神的な安心感を作り出すには、リーダ自身が弱さのモデルになる必要がある。話す側にとって、マネージャのサポートを受けられるということは、自らのストーリを語るための安心感になる。
自分自身の心の健康について上司や同僚に話すのは難しいかも知れないが、誰かに話すことが大切なのだ、とO'Sullivan氏は聴衆に強く勧めた。
InfoQは今回、職場のメンタルヘルスを調査している精神分析医のMichelle O'Sullivan氏にインタビューして、メンタルヘルス不調の影響、プレッシャが人に与える影響、最善のパフォーマンスのための職業的心理社会的ファクタへの対処、職場におけるメンタルヘルスなどの話題について聞いた。
InfoQ: メンタルヘルス不調は、職場にどのような影響を与えるのでしょうか?
Michelle O'Sullivan: メンタルヘルス不調が職場内に及ぼす影響には、大きなものがあります。Deloitte(訳注:デロイト トウシュ トーマツ、会計事務所)は、英国の雇用に与えるコストを、病欠やプレゼンティーイズム(病気を押して出勤することにより、十分な能力を発揮できない状態)、離職を合わせて420~450億ポンドと推算しています。
ハイテク産業は人材産業ですが、英国の労働人口のおよそ14~15パーセント程度に、診断の必要なメンタルヘルス上の不調を抱える可能性があります。メンタルヘルス不調を経験している社員をサポートする方法と、メンタルヘルス不調を回避してより広い労働力を保護する方法の両面から考えなくてはなりません。ビジネスパフォーマンスとスタッフの健康は、切っても切れない関係にあります。
生産性がかつてないほど重要視されている現代においては、メンタルヘルスや健康状態が組織的な盲点になる可能性があるのです。
InfoQ: "心の健康"の定義は何でしょう?
O'Sullivan: 心の健康は、精神科診断の有無ではありません。WHO(World Health Organisation)は心の健康を、"すべての個人が自身の潜在能力を発揮し、一般的な生活上のストレスに対処でき、生産的かつ効果的な労働が可能で、自身の所属するコミュニティに貢献することのできる健康状態"である、と定義しています。
朝、目覚めた時の目的意識、自分たちよりも大きなものに貢献しているという自覚こそが、心の健康なのです。質の高い仕事は、私たちの心の健康を守る上で、極めて大きな役割を果たすことができます。
InfoQ: プレッシャがかかることは、人にどのように影響するのでしょう?
O'Sullivan: プレッシャは悪いものと言われていますが、多少のプレッシャは、ほとんどの人にとってプラスにもなるのです。モチベーションが上がりますし、集中力も高まります。締め切りの数時間前に最高の仕事ができた、という経験のある人はたくさんいますよね!
ですが、プレッシャは限界を越えると、ストレスに変わります。ストレスが続いたり、あるいは過剰になると、身体が危険な状態に陥ります。それを管理しなければ、精神的および肉体的な健康の低下をきたす可能性があるのです。
プレッシャは主観的なエクスペリエンスです。プレッシャやパフォーマンスのスイートスポットは人によって違うだけでなく、生活上の他の要請や時間によっても変化します。個人のスイートスポットを知る唯一の方法は、話すことと、仕事の様子を知ることなのです。ただし、一度きりで忘れてしまうような会話では意味がなく、人事管理ルーチンの一環として何度も話をすることが必要です。
InfoQ: パフォーマンスを最適化する上で、職業的社会的なファクタにはどう対処することができるのでしょう?
O'Sullivan: 職場での健全性に寄与し、さらにはパフォーマンスを支援するものとして、英国の健康安全局が認めた6つの中核的なファクタ(HSEの管理基準)があります。
- 要求 — 作業負荷、作業形式、作業環境といった問題
- コントロール — 仕事をする上で、どれだけの発言をしているか
- サポート — 組織や部門管理、同僚によって提供される激励、支援、リソースなど
- 関係 — 対立を避ける肯定的な働き方の促進、容認できない行動への対処など
- 役割 — 組織内における自身の役割を理解しているか、役割に矛盾のないことを組織が保証しているか
- 変化 — 組織的変化(大小に関わらず)が組織内でどのように管理され、通達されているか
HSEのWebサイトでは、雇用者によるこれらのファクタの管理を支援するために、幅広いツールや情報が提供されています。
InfoQ: 職場でのメンタルの問題には、どのように対処すべきでしょうか?
O'Sullivan: 同僚のメンタルヘルスが不安ならば、何よりもまずは言葉を交わしてください。メンタルヘルスについて話す必要はありません。彼らの状況について聞き、彼らの様子がいつものと違うと自分が感じた部分について伝えればいいのです。多くの場合、話を聞いてあげるだけで十分です。サマリア人協会(Samaritans、精神的サポートを提供する慈善団体)には"Wellbeing in the Workplace online learning"という、話を聞くスキルを学ぶ素晴らしいEラーニングが、無償で提供されています。
解決策を見つけることだけを考えないでください。オープンな質問をして、自分の身の周りのことを考えるスペースを与えれば、自分自身で解決策を見出すことができるものなのです。
さらなるサポートが必要だ思われるのであれば、一般開業医(GP)の診察を受けるのもよいでしょう。会社が提供している福利厚生に関するリソースも確認してみてください。多くの企業が従業員支援制度(Employee Assistance Programme)を用意しているので、それを通じてカウンセリングや産業保健スタッフ(Occupational Health Provider)、民間健康保険(private health insurance)にアクセスすることが可能です。サポートを受けられない英国企業に勤務しているのであれば、Able Futuresをチェックするとよいでしょう。9か月間のメンタルヘルスサポートが無償で受けられます。
同僚と同じように、自分自身のことにも気を配ることが大切なのはもちろんです。問題があるのならば、躊躇なくこれらのサポートにアクセスしてください。あなた自身の支援になるだけでなく、あなたの周りの人たちが支援を受けるためのモデルにもなるのです。