Shaaron A Alvares氏がDevOps Enterprise Summit 2020 London Virtualで、'Accelerate Your DevOps Culture of Innovation with Everyday Inclusion and Belonging'と題して講演した。最初に氏は、多様化チームに関するLinkedInの調査データを公開して、対照とした別チームのパフォーマンスを80パーセント上回ったことを示してみせた。
Alvares氏が公開したデータからは、グループ思考の回避によって新たなアイデアが得られること、多様化した組織にはハイパフォーマを引き付け、引き留めるというメリットがあること、などが見て取れる。さらに氏は、"Accelerate State of DevOps Reports"の結果を引用し、DevOpsにおいてダイバーシティ(多様性)ギャップが存在することを強調した。これについては、PivotalのBridget Arthur、Clayton Hynfield両氏による以前の講演'A Crisis of Diversity and Inclusion in DevOps'でも触れられていたが、氏はこれに関して、多様性がさらなる多様性を引き出すということから、この状況が将来の採用状況において変化する可能性がある、という楽観的な見方を示した。
氏は、多様性だけではイノベーションを起こすことはできないことを示しながらも、チームの心理的な安心感、包括的なコラボレーション、マネージャの包容性、公平性の実践などを組み合わせることによってイノベーションの実現が可能になる、と説明した。さらに氏は、インクルージョン(包括性)を進めるための、Team Inclusive Collaborationセルフチェックと呼ばれるチームプラクティスを紹介した。このプラクティスでは、アジャイルレトロスペクティブの3ステップモデル(データの収集、洞察の構築、行動の実践)を使って、毎日の作業における包括的かつ協調的な行為と戦術を明確化し、スプリントの終了毎に評価を行うことで、より包括的で安心感のあるチームを実現していく。
さらに氏は、チーム自身の経験に基づく価値の定義を可能にすること、特性ではなく実行可能な戦術に重点を置くこと、リーダと課題を共有すること、そのための時間を確保する上でマネージャのサポートを依頼することなど、活用に値するベストプラクティスをいくつか提案した。自身の講演と経験について、Alvares氏にインタビューした。
InfoQ: ダイバーシティとインクルージョンの違いは何でしょうか?
Alvares:ダイバーシティとインクルージョンはまったく違います。ダイバーシティ(多様性)とは、年齢や性別、民族、宗教、障がい、性的指向、教育、出身国、家族、文化的背景、育ち方など、人々を異なったユニークなものにする特質や特性を示すものです。
職場におけるダイバーシティは、多様なグループと人々が共存する世界を表現するために必要なものなのです。残念ながらほとんどの企業は、過去15年間、人事上の法的要請を満足することだけを目的として、採用における多様性の実現に注力してきました。多様な人材を採用して、そうでない人々と同じ機会と包括的な環境を提供する、という点は無視されていたのです。
多くの企業では、多様性は多様性止まりでした。外面をよくして"働きやすい企業"リストに掲載されるための四半期活動や市場キャンペーンに過ぎなかったのです。ダイバーシティとも関係はありますが、インクルージョン(包括性)やイノベーションは過去15年間、研究やデータによって明らかになり、それらのサポートを受けてきました。企業が本当にダイバーシティとインクルージョンを重視し始めたのは、まだ最近のことなのです。
Netflixのインクルージョン方策担当VPであるVerna Myers氏は、"ダイバーシティはパーティへの招待状で、インクルージョンはダンスの誘いである"と言っていますが、私はそうではなく、"インクルージョンはパーティを企画するダイバーシティへの誘い"なのだと思っています。今日のインクルージョンは、テーブルでの公平な席と発言権をダイバーシティに対して提供するという、新たな局面に入りつつあるからです。私たちは過去にあった"所属(belonging)"の成熟フェーズを過ぎ、現在は公平性の理解と促進へと急ぎ進んでいる段階にあります。まだ先は長いと思いますが、その道筋には立っています。
InfoQ: 神経科学的なトレーニング、特に包括性の改善を目標とした認知負荷やバイアスに関するトレーニングには、個人やチームにとってどのようなメリットがあるのでしょうか?
Alvares: この分野には大きなチャンスがあると思うのですが、残念ながら十分な活用も、企業での認知もされていません。バイアスの根本的な原因、恐れによる影響、ネガティブな感情といったものを深く理解しようとせずに、組織に現れた症状への"バンドエイド"的対応に終始しているのが現状です。
認知的に多様な組織内において、私たちがどのように相互交流すればよいのか、どのようにして理解を深めるのか、といったことを理解するためには、脳研究や神経科学が極めて重要なのです。心理学的に安全な職場にいない従業員は、一般的に創造性や生産性の低い傾向があります。これには生物学的な理由があります。"戦うか逃げるか(fight or flight)"という状態にいると、脳は実際にシャットダウンしてしまうのです。
過去15年間にGoogleが収集したデータが示すように、精神的安心感は職場におけるインクルージョン、生産性、パフォーマンス、イノベーションを拡大します。しかしながら、職場における精神的な安心感や意識的および無意識的なバイアスに関わるトレーニングや啓蒙活動といったものは、十分であるとは言えません。
InfoQ: 包括性を改善するために実行可能な方策としては、どのような例がありますか?
Alvares: 毎日の作業の中でインクルージョンを実現するために、チームとして採用できる行動の一例としては、バイアスや無意識のバイアスがどのように作用するのか、チームを教育する、というものがあります。このような認識と理解がなければ、私たち自身の思い込みやバイアスや行動に疑問を持つことさえ難しいでしょう。他の方法としては、精神的安心感とともに、排除、拒絶、不公平、恐怖心といったものによる負の影響、さらにはこれらネガティブな感情がパフォーマンスやイノベーション、人材の定着に与える影響についてチームや組織が学ぶ、というものもあります。研究結果からは、多様な才能が組織を離れるのは、彼らが歓迎されている、受け入れられているという実感を持てない時である、という結果も示されています。
マイクロアグレッション(microaggression、自覚のない差別的行動)についても理解する必要があります。この問題に関する認識を深めて、発生時に適切な対処を行えるように、マイクロアグレッションのリストを用意しておくとよいでしょう。安心感や包括性を向上させるために意識的に実行可能な、戦略的行動や行為についても特定しておく必要があります。例えば、相手から強いリアクションがあった場合には、自分自身の思い込みをチェックし、自問することが必要です。
自分自身の内面や違いについて考えることは、私たちの潜在的なバイアスについて、より鋭敏に理解するための優れたエクササイズになります。私の講演では、このための3つの質問を公開しました。1: 自分の状況認識に誤りはないか? 2: このリアクションを引き起こした可能性のある自分について、自分自身は何を知っているのか? 3: この人ないし状況に対して、他にどのような方法で対応することができたのか?
InfoQ: すべての採用判断がチーム主導の対等な行動であるべきなのはなぜか、あなたの意見を聞かせてください。
Alvares: 私は以前、Agile Business ConsortiumのCEO採用に関してアジャイルを活用した方法に関する記事を書いて、採用と意思決定プロセスに組織全体が関わっていたことを紹介しました。現在でも極めてまれな採用プロセスですが、候補者にとって非常に価値のあるものであると同時に、長期的に優れた決定につながるものであることが分かっています。競争精神、エゴ、影響力、管理能力、内部ポリシなど、採用決定に影響する暗黙の基準があるのです。
従って、新たなチームメンバの採用にチームが加わるのは、このような落とし穴を回避する上で大きな役割が期待できるのです。チームに対して非常に大きな力を与えるものであり、意思決定に対する関与と賛同の高い意識を作り出します。リーダやマネージャには、グループ思考を回避し、現在の文化にフィットする人材を獲得できるというメリットがあります。
InfoQ: あなたが導入を提唱している"インクルージョン・バーレイザ(Bar Raiser)"とは何ですか?
Alvares: 採用担当者や採用マネージャは自分たちのイメージに合った候補者を選択して採用するため、採用決定の大部分において、無意識のバイアスが大きな負の役割を演じていることが、調査の結果として分かっています。私たちは現在、職務明細書の記述に見られる無意識のバイアスについて追跡しているところです。
Amazonは10年程前から"バーレイザ(Bar Raiser)"制度を導入しており、グループやチームの面接プロセスに外部の社員が参加しています。これらバーレイザは従業員で、長期的なリーダシップの価値観と行動を重視するようなトレーニングを受けています。同社のプログラムはインクルージョンを目的としたものではりありませんが、インクルージョンのバーレイザに焦点を当てた同様のプログラムを立ち上げて、マネージャやチームが文化に合った人ではなく、文化の拡張やイノベーションに重点を置いた採用ができるようにしてはどうか、というのが私の提案です。中立的なサードパーティの社員が仮定、グループ思考、無意識のバイアスといったものを常にチェックしてくれるのです。
InfoQ: 包括性の改善モデルを自動化する方法はあるのでしょうか?
Alvares: Gartnerの調査をベースとして、'Boosting Team Inclusion at the Workplace Using Artificial Intelligence Technologies'と題した記事を書きました。現在では、新しい人工知能や行動分析によるアプリケーションを使用して、チームの文化、人、プロセスといった分野にわたって、意図的かつ真のインクルージョンを高めることが可能になっています。これらのテクノロジを活用して、インクルージョンの認識と成果を向上できる分野は3つあります — インクルージョンを理解した採用候補者の選択、チームの包括的行動の評価と改善、チームリーダのトレーニングです。
Alvare氏がDevOps Enterprise Summit London 2020の講演で使用したスライドは、こちらから入手可能である。