高い品質の成果物を高い完成度で、常に提供しなければならないという意識は、ストレスを生み出し、燃え尽き症候群(burnout)の原因になる可能性がある。何よりもまず、燃え尽き症候群に陥るのを避ける問題を自分が抱えている、ということを受け入れなければならない。個人レベルでアジャイルを適用することが、ストレスを低減し、燃え尽き症候群の可能性を低めながら、高い目標を達成する上で一助となるはずだ。
Thought Machineで品質管理の責任者を務めるMaryam Umar氏は、Agile Testing Days 2020で、メンタルヘルスのためのアジャイル導入について講演した。
燃え尽き症候群のサインは外部からは分からない、とUmar氏は言う。風邪や咳とは違い、自分の内にある心から来るものだからだ。疲れを感じたり、頻繁に頭痛がしたり、仕事に対する興味を失ったりするのは、そのサインだ。
自身が燃え尽き症候群を発症した時の認識について、氏は次のように説明する。
私にとっての燃え尽き症候群は、オフィスのドアの前に着いた時でさえ、仕事に行きたくないと感じる、という形で現れました。実際にそこから引き返して家に帰り、ベッドに直行したのです。食欲不振、不眠症、胃の不調なども、燃え尽き症候群の典型的な兆候です。
そして氏は、自分が不安を感じる毎に悪循環に陥っていることに気が付いた。
自己観察することによって、新たなタスクやプロジェクトの度に、自分自身に非常に高い目標を立てていることが分かりました。その目標が達成できなかったり、決められた期間内の完了が難しくなったりすると、それが失望につながり、最終的に深夜まで働くような燃え尽き症候群が始まっていたのです。
アジリティとは、以前の経験から学習を進化させることに他ならない。"このような経験を失敗とは思っていません"、と氏は言う。"改善の余地の存在を示す指標なのです"。ソフトウェアプロジェクトを計画する場合の我々は、小さなイテレーションで成果を提供すると同時に、時間を掛けて改善していく。好例が見積である。我々は、以前の見積を見直すことによって、それ以降の見積を改善している、とUmar氏は主張する。
Umar氏は、自身がアジャイルチームに属したことで学んだものを、氏が"mini personal development life cycle"と呼ぶ、メンタルヘルスのためのアジャイルに活用した。アジャイルを個人のレベルで適用することによって、ストレスを感じることなく達成可能なプロジェクトの管理手段とする、というのがその意図するところだ。
忙しい業務スケジュールの中に、慎重な計画と時間枠を取り入れたのです。同時に、自分を取り囲む人たちとの時間を明示的に設けて、自分自身の活性化を図ることにしました。
要するに、自分の作業スケジュールを計画する時と同じパターンを用いたのです。自由時間でのミーティング、人と会う時間、思考時間を得る日、といったように、時間を枠取りしました。
これを自己改善とみなす人が多いかも知れません。私はアジリティを、ソフトウェアプロジェクトのデリバリを改善する方法だと思っています。
燃え尽き症候群の可能性を低減するには、同僚に注意を払って彼らの声を聴くことだ、とUmar氏は提唱する。燃え尽き症候群は、手遅れになるまで分からないことも多い。チームと時間を過ごすことで、燃え尽き症候群について普通に話せるような環境を作ることが大切だ、と氏は言う。
Maryam Umar氏に、個人的な健康状態管理について氏が学んだことを聞いた。
InfoQ: 素晴らしくありたいという欲求は、どのようにゆっくりと、あなたを飲み込んでいったのでしょう?
Maryam Umar: 私の家系には優秀な人が多かったので、良い成績を収めることへの無言の期待が学生時代からありました。このような状況は、私が成長するとともに私のパーソナリティの一部になって、個人的にも社会的にも、自分が行うタスクすべてにおいて良い結果を得られるように努めてきたのです。
何かに対してパーフェクトであろうとすることは、個人的な健康状態に負担を掛けることになります。このようにして私は、自分自身の欲求に飲み込まれていったのです。自分を見失って走り続け、すべてにおいて完璧であり続けようとしていました。これが自分の健康を損なう原因になったのです。
InfoQ: その状態からどのようにして回復し、自分自身を再調整することができたのですか?
Umar: 最初のステップは、自分が問題を抱えているという事実を受け入れることです。私はずっと、自分が不安に苦しんでいることを否定し続けていました。4年以上前から、薬を飲むように医師に言われていたのですが、受け入れませんでした。それが敗北のように思われたからです。スローダウンして自分自身を見つめ直すように、私の体が告げていたのですが、そのサインに耳を貸しませんでした。パニック症候群に見舞われるまで、薬が必要であることを受け入れなかったのです。そこまで至って初めて、薬を飲むことは敗北ではない、ということを受け入れることができました。
薬を飲み始めると、自分のキャリアをどう変えたいのか、自分の本当の幸せとは何か、ということを考えるようになりました。そこでキャリアを管理職に代えました。チームを構築し、長期的ソリューションの戦略を立案するのが好きだったからです。それと同時に、小規模ながら強力な支持基盤を作り上げ、メンタを探すようになりました。
フィジカルトレーニングも日課になりました。数日間行わないでいると不安になるほどです。フィジカルトレーニングは、心の中に忍び寄る気持ちと戦う精神的エネルギをたくさん与えてくれるとともに、生活にポジティブな波を引き起こします。それを仕事に転化するのです。
そして最後に、私は現在、いくつかの場所でライフコーチングも行っています。それが私にとって、最もメリットのあるものだと分かったからです。コーチングが私の強みを教えてくれるので、それを自分自身の力として役立てています。
InfoQ: あなたが学んだことで、InfoQ読者にこれは紹介したい、というものは何ですか?
Umar: テクノロジの世界はエキサイティングな上に、目まぐるしく変化します。このハイペースが図らずも、あるレベルのインポスタ症候群(imposter-syndrome)をもたらすのです。もうひとつのタイプの問題として多く見られるのが燃え尽き症候群で、このペースに追い付こうとすることで発生する場合のあるものです。
読者のみなさんには、自分自身だけでなく、自分の周りの同僚の燃え尽き症候群にもぜひ注意して頂きたいと思います。最後になりますが、あなたが健康でさえあれば、優れたソフトウェアを提供するために、新たなテクノロジやプログラミング言語を学び、吸収するチャンスも多くなるのです。
InfoQ: 燃え尽き症候群の状態にある人を支援しようとする時に、するべきでないことはどのような事でしょうか?また、できることは何でしょうか?
Umar: "あなたはひとりではない"とは言わないでください。"私も同じ経験をしたのだ"とも言うべきではありません。単に彼らに注意を払い、耳を傾ければよいのです。余地を与えるのです。そうすれば、誰もが自分のやり方で、燃え尽き症候群に対処する方法を学びます。