スタートアップの創業者は、自身のイノベーションプロセスの一部として、不確実性や失敗を想定している。企業を立ち上げるリーダは、次世代のものを作り上げるために、社員がリスクを取るようにする必要がある。プロダクトの小さな改善を着実に続けていくことが、時間とともに複合的な効果を生み出し、ユーザが本当に求めているものを実現する一助となるのだ。
ソフトウエア開発者のAdil Addiya氏は"A Day of Organisational Psychological Safety by Aginext"で、チームにおけるセーフ・トゥ・フェイル(safe-to-fail)と心理的安全性について講演した。
リスクのある事業への挑戦を支援する取り組みの多くは、失敗を回避することに重点を置いているように見受けられるが、これは逆に、社員が失敗するパラダイムを生み出すことになる、とAddiya氏は言う。スタートアップの創業者たちは失敗に対して違う見方をしている、と氏は説明する。
"自分が失敗者であると語る創業者には、お目にかかったことがありません。失敗した経験や、そこから得た学びについて語ることはありますが、それだけのことです。失敗するのはイニシアティブであって、仕事をする人が失敗するのではありません。そして、このような失敗したイニシアティブもまた、イノベーションプロセスの一部なのです。"
筋肉は使えば強くなり、使わなければ弱くなるものだ、とAddiya氏は言う。身体的な筋肉だけではない。
"私たちの頭脳も同じです。危険だと感じるものを多く経験すればするほど、勇気が身について、いざという時、事態に対峙することができるようになるのです。"
企業のリーダは、従業員がリスクに挑戦し、失敗しても落ち込むことなく立ち直って、さらなるリスクに挑戦するようにする必要がある、これが次世代のものを作り上げる方法だからだ、とAddiya氏は説明する。
"イノベーションを起こす時には、何らかの形で失敗に対するレジリエンスを構築する必要があります。何度も失敗することによって、自分自身を鍛えなくてはなりません。致命的な失敗は望みませんから、まずは小さなものから始めましょう。私たちのイノベーションプロセスの中に、何らかの形で小さな失敗を埋め込むのです。"
今日では、すべての企業が継続的かつ迅速な実験を必要としている、とAddiya氏は指摘する。ビジネスを運営するにはキャッシュフローの確保が必要だが、適切なレベルのイノベーションなくしては、そのフローを長く維持することはできないのだ。
Adil Addiya氏に、既存企業におけるスタートアップ行動の促進について聞いた。
InfoQ: リスクテークやイノベーションに関して、スタートアップから学べることは何でしょうか?
Adil Addiya: 今日の企業世界では、イノベーションに関する会話の大半は正しいところから始まっているようです。リスクテイクなくしてイノベーションがあり得ない、ということが理解されているのです。しかしながら、実践という話になると、会話の方向は怪しくなります。リスクテイクはなくなって、話題が失敗への対処ばかりになってしまうのです。それ自体は悪いことではありません。不都合な結果に対処する方法を社員が学ぶことができるからです。しかしそこでは、イノベーションプロセスにおいて、より一般的なもの — 不確実性に対処する方法を教えることが犠牲になる場合が少なくありません。
スタートアップの創業者はそれを知っています。常に不確実性を想定しておくことによって、プロジェクトやタスクの眼前の成功ないし失敗といったものを超越して、次のステップが何かを明らかにするという最終目標に話題を向けられるような、そういったマインドセットを実現しているのです。
ですから既存企業は、リスクテイクから失敗へという不確実性だけで満足していてはいけないのです。なぜなら、
- 人はサンドボックスの中にいる時、すなわち、常に変化が起きていて、ルールが曖昧な環境 — 不確実性の下にある時、より革新的になることができます。
- どれほど労力を費やしても、不確実性を0パーセントにすることはできません。勝利する方法は戦うことではなく、その力をイノベーションへの取り組みに利用することです。
既存企業がイノベーションの役割について語る時、それを不要なものだと論じる人はいません。優れたプロダクトないしサービスを新たに構築することが、市場を支配する唯一の方法である、と誰もが知っているからです。
イノベーションを事業拡大のツールとみなすこの考えは、誤りではありませんが、誤解を招くものではないでしょうか。私たちに誤った安心感を与えはしないでしょうか。特に、その企業がある程度の市場シェアを確保しているような場合には、イノベーションは素晴らしいが必須ではないと考えるようになります。
イノベーションが選択肢のひとつになっているのです。ですが、そうではありません。これに関しても、スタートアップは十分に理解しています。スタートアップにとって、次世代のものを作り出すことは、成功の尺度であると同時に、唯一の成功方法なのです。イノベーションについてのマントラは単純です — "イノベーションを早く起こすか、死を待つか"。
InfoQ: 小さな失敗によって大きな失敗に対するレジリエンスを作り上げるには、どうすればよいのでしょうか?
Addiya: イノベーションの多くは仮説を評価する実験から生まれます。ですから、危険のない失敗を積み重ねるための、簡単で最もよい法は、自分たちの仮説に対して反証することです。誤解しないでほしいのは、事実でないと分かっている仮説を立てるという意味ではない、ということです。正直に言うと、それは時間の無駄です。うまくいかないと分かっていることを失敗といえるのでしょうか?そうではなく、確信を持てない仮説というリスクを取る、小さな実験をデザインしてテストする、ということなのです。
そしてここに、リーダが重要な役割を果たす場所があります。
- リーダは自身とそのチームを、論文を検証ないし否定する手段としての実験の精神に対して、常に忠実に保たなくてはなりません。作業の開始に先立って、最良の結果に関わる偏見や先入観を認識し、それを超越する方法を見つけておく必要があります。
- チームと力を合わせて、新たな仮説をテストするための、可能な限り小さな実験をデザインすることが必要なのです。
- 自身の理論がすべて立証済みだという個人やチームがあるならば、それには注意しなければなりません。これは危険信号です。真のイノベーションにつながるであろう、既成概念に捉われない新たなアイデアを試すことで、自分たち自身を成長させる機会を放棄している上に、失敗からの回復力へとつながる、学びや経験の機会をもすべて放棄することになるからです。
InfoQ: 大企業の日常業務でイノベーションを実現するには、どうすればよいのでしょうか?
Addiya: イテレーション的に実施するのがよいでしょう。それによって、
- クライアントの好むプロダクトに大幅な変更を加えた場合に、クライアントが疎外感を持つことを回避できます。
- 日常業務の継続とイノベーションの実施が2つのアクティビティではなく、同じものであるような環境が作られます。
プロダクトに小さな改善を加えることは、短期的には気付かれないかも知れませんが、それを続けていくことによって、やがて複合的な効果が生まれ、ユーザが本当に求めているものを作り上げることができるでしょう。
物理的な製品を大量生産で販売していて、同じプロセスを一定期間続けている場合には、自分たちの提供しているものを段階的に改善する方法を思い描くのが難しいかも知れません。SAAS/プラットフォーム経済モデルが登場し、アジャイルやリーン生産といった管理ツールが普及したことで、生産プロセスを巧みに近代化して、プロダクションを小規模バッチモデルに移行することが可能になっています。